小樽だよ
オタナイ川という小さな川の名に由来するといわれる北海道の小樽は、松前藩が小樽内場所を開き、近江商人岡田家の請負地でありました。
岡田家は、近江八幡で松前屋の屋号をもつ豪商で、小樽内に運上屋(交易所)をおいて、アイヌとの物ぶつ交換のみならず、アイヌを使っての漁業までいとなんで栄えていました。
安政三年(一八五六年)、幕府が開発のため移住奨励を行うと、問屋・商店・旅館・酒店・飲食店・寺院などが立ちならぶ大部落ができあがっていきました。
明治二年(一八六九年)、札幌に開拓本府がおかれると、小樽はその連絡港としての重要性をもち、明治末期には、函館とともに道内商圏を二分するほどの勢力をえました。
日露戦争後は、対ロシア貿易を独占し、貿易港としての地位をたかめました。
しかし、その後、商業の中心は札幌へ移っていきましたが、札幌の外港として、さらには食品・ゴム・木材・水産加工などの工業都市として栄えています。
今日、札幌との結びつきをますますつよめて、工業の立地条件のいきづまりなどを解決していこうとしています。
また小樽はガラス工芸や運河の概観などから、観光地としても勢いをつよめており、北海道ツアーなどのツアーに組み込まれ、観光客を集めています。