革新と希望
なお、戦争末期、函館・室蘭・根室・釧路・本別などアメリカ軍の空襲や艦砲射撃をうけた地域は多く、千島と南樺太はソ連軍に上陸されて戦場になり、占領された。
敗戦の結果千島・南樺太の領土を失い、多くの邦人が北海道に引き揚げてきた。
満州(中国東北部)その他からも引揚げは続き、敗戦時350万人の人口は5年で80万人増加し、食糧欠乏、インフレなどで混乱がしばらく続いた。
戦後の改革で寄生地主は姿を消し、また地方自治制度は府県並みになり、初代民選知事に社会党員が当選した。
炭労・全逓・教組など労働運動の主役も北海道から輩出、一時「革新王国」といわれた。
植民地を失った日本にとって、北海道はホープ、とりわけ食糧基地・石炭の宝庫と喧伝され、現在まで5期にわたる総合開発計画が進められているが、果たしてホープだったか、ホープたりえたか。
いろいろな希望があった北海道 ANA タベタイリク旅が今から楽しみだ。